#28 堂々たる風格 楷書体マール 2020/04/10(Fri)
かつて存在した「楷書体マール」というフォント。キヤノンが2007年1月まで販売していたフォントパック「FontGallery」に収録されていた。FontGallery自体が終売していて、他の販路も見当たらなかったため、2020年現在では極めて入手困難なフォントと思われる。今回は、それほどまでにマニアックだけど、とても可能性を秘めていたと僕が感じた「楷書体マール」の話を取り上げる。
楷書体マールとは、こんなフォント↓
デジタルフォントとして使える楷書体やその他の毛筆フォントの多くは、毛筆で書いた文字をベースにしていても、フォントとして使いやすいものとしてリリースするために細かい修正を繰り返して磨き上げているためか、あるいは最初からデジタル環境で制作されているが故なのか、毛筆ならではの優しい味わいや力強さが感じられるフォントが極めて少ない。書家(とまではいかなくても毛筆で文字を書くのが上手い人)による直筆の文字と見比べると、デジタル環境で作られた毛筆フォントは、文字のアウトラインが気持ち悪いくらいツルツル・スベスベしているのだ。もっと酷いものになれば、毛筆で文字を書くのがそこそこ上手い人の文字をただスキャンして1文字ずつフォント作成ツールにコピペして細かい手を加えずそのままフォント化し、毛筆フォントですよ~と謳って販売しているだけ、にしか思えないようなフォントもある(笑)。そういったフォントは、フォントとしてのまとまりも使いやすさも全くと言って良いほど配慮されておらず、作り手はそれで満足しているか知らないが、使い手からすると使いづらさしか感じられないのだ…。だからといって毛筆の味わいよりもフォントとしてのまとまりとか、使いやすさへの配慮を過度に気にして制作された毛筆フォントは、毛筆ならではの味や温もりを表現するための大切な部分(毛筆ならではの「カスレ」や繊細な筆致など)まで磨き落されてしまっていることが多々あり、フォントとしては使いやすいけど毛筆に欲しい味わいがまるで足りていないな、なんて思うことも。
しかしこの「楷書体マール」は、そんな何かと細かい部分が物足りない他の毛筆フォントとは【別格】と言っても過言ではない完成度だ。フォントとしての「使いやすさ」と、毛筆フォントに欲しい「毛筆だからこそ出せる味わい」のバランスが、とても良い塩梅で保たれているように感じる。言い方を変えれば、とても主張(個性や癖)の強いフォントではあるんだけど、それと同時に飽きずに長く使っていけそうな安定感も持ち合わせているんだよね。
僕が楷書体マールに抱いた印象を喩えるなら、40年も50年も、ただひたすら同じモノを作り続けることに心血を注ぐ「職人」の姿そのもの、だろうか?いつも部屋や工場に籠もって、家族や他の従業員の呼ぶ声にもまともに返答せず、仕事のことばかり。だからその職人は、近所でも「難しい人」「頑固な人」と陰で噂されていて敬遠されているけど、実は誰より仕事熱心で、仕事に関しては決して手を抜かない。そんな気難しさの一方で、いちいち表に出さないだけで、そうそう誰もが持っていないような温もりや安心感、優しさ、包容力のようなものも持ち合わせている気がする。楷書体マールには、そんな堂々たる「職人の風格」が感じられるんだよ。
ただ、あえてこのフォントの残念な点を挙げるなら、第二水準漢字がごく一部しか使えないということ、かな…。そのため、難しい人名・地名などが入力できないこともあり、それだけで使用できる場面が絞られてしまうのが惜しいね。僕も過去に年賀状の宛名で使ってみようと思ったら、一部の人名の第二水準漢字が使えず、ガッカリしたことがあった(笑)。
あとは、良い意味でも悪い意味でもあるが、異様なまでの存在感があるだけに、いっときのブームで便利に(バカみたいに)多用されそうな印象もあるよね。とはいえシッカリしたデザインでフォントとしての使いやすさやまとまりの良さはあるので、ブームが過ぎても、販売形態や使用条件など、使いやすい状態で現在も続いていたとしたら、いつまでも使われ続けるフォントだっただろうと思うだけに、本当に惜しい…。不足している第二水準漢字や拡張文字を制作して、さらに必要に応じて細かい部分の修正なども施して、この「楷書体マール」だけでも再販してくれたら、単体で1万円、あるいは2万円しても充分価値あるし、僕だったら買うと思う。そこまで価値あるフォントが、FontGalleryというかつて販売されていた1万円台の安価なフォントパックの隅っこにひっそりと収録されていた1フォント……程度の扱いでこのままどんどん忘れ去られてしまうのは、なんだかなぁと思う。
また、どうやらこの「楷書体マール」は、写研が1984年に発表した「織田特太楷書」の制作に携わった織田八良氏によって書かれた文字(楷書体)がベースになっているようだね。それより前の1976年に発行されたマール社の『楷書体字典』に織田氏による楷書体が掲載されていて、これが織田特太楷書のベースになったと思われる。楷書体マールも、“マール”の名を持つくらいだから、同じくマール社の『楷書体字典』に掲載されていた織田氏による楷書体を基に制作されたのだろう。
繰り返しになるけど、「楷書体マール」は織田特太楷書と異なり、デジタルフォント化されているにもかかわらず、フォントパックの終売が影響して過去の産物のような扱いになってしまったことが、時代の流れの残酷さを感じてとても切ない…。
近い未来か遠い未来か誰にもわからないが、いつの日かもっと新しい形で、この「楷書体マール」と再会できることを願っている――。
それでは、また来月の「フォントの独り言」でお会いしましょう。ィヨロシク!!
【参考にした書籍やサイト】・織田八良『楷書体字典』(株式会社マール社、1976年)・キヤノン株式会社|和文フォント大図鑑 LIBRARY(2020.3.18閲覧)http://www.akibatec.net/wabunfont/library/canon/canon.html・【FontGallery】著作権について|キヤノン FAQ(2020.3.18閲覧)https://faq.canon.jp/app/answers/detail/a_id/30243
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かつて存在した「楷書体マール」というフォント。
キヤノンが2007年1月まで販売していたフォントパック「FontGallery」に収録されていた。
FontGallery自体が終売していて、他の販路も見当たらなかったため、2020年現在では極めて入手困難なフォントと思われる。
今回は、それほどまでにマニアックだけど、とても可能性を秘めていたと僕が感じた「楷書体マール」の話を取り上げる。
楷書体マールとは、こんなフォント↓
デジタルフォントとして使える楷書体やその他の毛筆フォントの多くは、毛筆で書いた文字をベースにしていても、フォントとして使いやすいものとしてリリースするために細かい修正を繰り返して磨き上げているためか、あるいは最初からデジタル環境で制作されているが故なのか、毛筆ならではの優しい味わいや力強さが感じられるフォントが極めて少ない。
書家(とまではいかなくても毛筆で文字を書くのが上手い人)による直筆の文字と見比べると、デジタル環境で作られた毛筆フォントは、文字のアウトラインが気持ち悪いくらいツルツル・スベスベしているのだ。
もっと酷いものになれば、毛筆で文字を書くのがそこそこ上手い人の文字をただスキャンして1文字ずつフォント作成ツールにコピペして細かい手を加えずそのままフォント化し、毛筆フォントですよ~と謳って販売しているだけ、にしか思えないようなフォントもある(笑)。
そういったフォントは、フォントとしてのまとまりも使いやすさも全くと言って良いほど配慮されておらず、作り手はそれで満足しているか知らないが、使い手からすると使いづらさしか感じられないのだ…。
だからといって毛筆の味わいよりもフォントとしてのまとまりとか、使いやすさへの配慮を過度に気にして制作された毛筆フォントは、毛筆ならではの味や温もりを表現するための大切な部分(毛筆ならではの「カスレ」や繊細な筆致など)まで磨き落されてしまっていることが多々あり、フォントとしては使いやすいけど毛筆に欲しい味わいがまるで足りていないな、なんて思うことも。
しかしこの「楷書体マール」は、そんな何かと細かい部分が物足りない他の毛筆フォントとは【別格】と言っても過言ではない完成度だ。
フォントとしての「使いやすさ」と、毛筆フォントに欲しい「毛筆だからこそ出せる味わい」のバランスが、とても良い塩梅で保たれているように感じる。
言い方を変えれば、とても主張(個性や癖)の強いフォントではあるんだけど、それと同時に飽きずに長く使っていけそうな安定感も持ち合わせているんだよね。
僕が楷書体マールに抱いた印象を喩えるなら、40年も50年も、ただひたすら同じモノを作り続けることに心血を注ぐ「職人」の姿そのもの、だろうか?
いつも部屋や工場に籠もって、家族や他の従業員の呼ぶ声にもまともに返答せず、仕事のことばかり。
だからその職人は、近所でも「難しい人」「頑固な人」と陰で噂されていて敬遠されているけど、実は誰より仕事熱心で、仕事に関しては決して手を抜かない。
そんな気難しさの一方で、いちいち表に出さないだけで、そうそう誰もが持っていないような温もりや安心感、優しさ、包容力のようなものも持ち合わせている気がする。
楷書体マールには、そんな堂々たる「職人の風格」が感じられるんだよ。
ただ、あえてこのフォントの残念な点を挙げるなら、第二水準漢字がごく一部しか使えないということ、かな…。
そのため、難しい人名・地名などが入力できないこともあり、それだけで使用できる場面が絞られてしまうのが惜しいね。
僕も過去に年賀状の宛名で使ってみようと思ったら、一部の人名の第二水準漢字が使えず、ガッカリしたことがあった(笑)。
あとは、良い意味でも悪い意味でもあるが、異様なまでの存在感があるだけに、いっときのブームで便利に(バカみたいに)多用されそうな印象もあるよね。
とはいえシッカリしたデザインでフォントとしての使いやすさやまとまりの良さはあるので、ブームが過ぎても、販売形態や使用条件など、使いやすい状態で現在も続いていたとしたら、いつまでも使われ続けるフォントだっただろうと思うだけに、本当に惜しい…。
不足している第二水準漢字や拡張文字を制作して、さらに必要に応じて細かい部分の修正なども施して、この「楷書体マール」だけでも再販してくれたら、単体で1万円、あるいは2万円しても充分価値あるし、僕だったら買うと思う。
そこまで価値あるフォントが、FontGalleryというかつて販売されていた1万円台の安価なフォントパックの隅っこにひっそりと収録されていた1フォント……程度の扱いでこのままどんどん忘れ去られてしまうのは、なんだかなぁと思う。
また、どうやらこの「楷書体マール」は、写研が1984年に発表した「織田特太楷書」の制作に携わった織田八良氏によって書かれた文字(楷書体)がベースになっているようだね。
それより前の1976年に発行されたマール社の『楷書体字典』に織田氏による楷書体が掲載されていて、これが織田特太楷書のベースになったと思われる。
楷書体マールも、“マール”の名を持つくらいだから、同じくマール社の『楷書体字典』に掲載されていた織田氏による楷書体を基に制作されたのだろう。
繰り返しになるけど、「楷書体マール」は織田特太楷書と異なり、デジタルフォント化されているにもかかわらず、フォントパックの終売が影響して過去の産物のような扱いになってしまったことが、時代の流れの残酷さを感じてとても切ない…。
近い未来か遠い未来か誰にもわからないが、いつの日かもっと新しい形で、この「楷書体マール」と再会できることを願っている――。
それでは、また来月の「フォントの独り言」でお会いしましょう。ィヨロシク!!
【参考にした書籍やサイト】
・織田八良『楷書体字典』(株式会社マール社、1976年)
・キヤノン株式会社|和文フォント大図鑑 LIBRARY(2020.3.18閲覧)
http://www.akibatec.net/wabunfont/library/canon/canon.html
・【FontGallery】著作権について|キヤノン FAQ(2020.3.18閲覧)
https://faq.canon.jp/app/answers/detail/a_id/30243
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コメント
最新OSに正式対応しての再販はウレシイ限りです。
2022/03/20(Sun) 23:54 takumi URL
2022年3月現在
ダウンロード版で買えるようになったっぽいです。
2022/03/20(Sun) 21:32 ザ・パンダ URL