4年前出会った恩師…読み返したメールに涙 2020/02/10
調子が良くないのは相変わらず。あまり夜中に目覚めることのない僕だが、2時過ぎ頃、胃痛と吐き気で目覚めてしまった。
ちょっと思うことがあるので、こんな時間だが日記に残しておく。
――ふと思い出したのが、4年くらい前に大学で授業を教えてくれた先生(以下、H先生と呼ぶ)のこと。それも、一般教養だったんだけど、H先生は他のどの学生よりもこの上なく僕のことを評価してくれていたんだよね。
授業は全15回あり、それが全て終わった後、H先生にお礼のメールを送ったのだ。そうしたら返事が来た。3000文字もの文章でね。
そのメールを大切に保存してあったので、再度読み返してみた。
涙が出た。めっちゃ泣いた。どうしてここまで僕のことわかってくれるの?って思うくらいにね。(言い方変かな)ここまで自分のことを理解してくれる人が世の中にはいるんだ、と…。むしろ、どうしてここまで僕のことを理解してくれようとするの?とまで思うくらい。(嫌な言い方だったらゴメン)
最初に読んだ時も、とても良い先生だと判ったし感動したけど、僕も未熟だったし、今ほどの感情は湧かなかった。
しかし、以後かなりいろいろ大変なことが重なり、どうにか4年間を乗り越えた今読んでみて、もう涙を流しまくったくらいでは足りないくらいの感動というか、「人の本当の優しさに触れた」という確信が持てた。
僕は僕で、学生時代は一般教養ごときであっても授業を受ける(勉強をする)のがとても楽しくて、いつもいちばん前の座席に座って聴いていたのだ。中高生の頃はいろいろあったんだよ。だから人並みに授業に参加したり、勉強する経験も少なかったから、大学に来てようやく人並みにいろいろな勉強ができる、知らないことを知れる…。その喜びを心から実感できたのだ。
他のほとんどの学生が持ち合わせない僕の前向きさを評価してくれる先生は何人もいて、そういう先生に出会えただけでも奇跡なのに、H先生はたかだか90分×15回の授業でここまで僕のことを見てくれていたのか…と。もう本当に何というのか、大学の一般教養ごとき(さっきから言い方悪いね)で、心から「恩師」と呼びたくなるH先生のような先生に出会えるとは思わなかった。
もちろん、H先生の授業を受けていた当時もそれは実感していた。
でも……2016年から2019年にかけて、かなり大変なこと、つらいこと、苦しいこと、誰かが憎いこと……とにかくいろんなことが重なった。何か言っても変わらないし、黙って前を見据えて歩いて歩いて時には走って、でも時には立ち止まったりちょっと後退りしたり……を繰り返した。
高校の頃に聴いた音楽に、こんな歌詞がある。
I was nurtured I was shelteredI was curious and youngI was searching for that somethingTrying to find it on the runOh and just when I stopped lookingI saw just how far I'd comeIn this lifeIn this life
(♪In This Life / Delta Goodrem)
高校に入るまでの人生さえも壮絶で、当時もこの歌詞が響いたけど、歳を取るごとにますます心に響くようになった。僕も何もわからない中で、必死に探し回って大切な何かを手に入れようとしていた。いつまでも手に入らないんじゃないか…なんて思って何度泣き崩れたか。荒れたか。わからない。
だけどふっと立ち止まって見て、気付いてみたら自分がどこまで進めていたかに気付く。ちゃんと前進していたんだ、とね。これが、頑張ることの楽しさ・大切さであり、「生き甲斐」だと思うんだよね。
メールをくれたH先生も同じことを言っていたし、(takumi)さんは本当によくそれをわかっている、ということも言ってくれた。
なんか、4年も経って判るのは愚かかもしれないが、本当に良い先生に出会えたな、僕……。人にすぐ猜疑心を抱く僕だが、H先生に関しては別。「ここまで僕のことを理解してくれて、寄り添ってくれる人がこの世にいるのか…」と。
僕はH先生のことを忘れることは死ぬまで決してないと思う。忘れられるわけがないんだよ、ここまでの恩師だもの。
もうホント……頑張るって楽しいし、生きることって悪いことばかりじゃないね。心から、本当に心からそれを実感した。そして言葉には出さずとも、そんな自分の勇気を密かに見守り応援してくれている人も、僕の知らないところにいるのかも。
実は、その後も折に触れてH先生には何度かメールを送ったものの、返事はなかった。全15回の授業が終わり、何ヶ月が経った際に学内にいた僕に気付き、先生の方から声をかけてきてくれたのだが、忙しくてなかなか返事できなかったみたい…。いろいろ事情があったのだろう。とはいえ1回きりでも、3000字に渡る愛のこもったメールを僕に送ってきてくれたくらいだから、きっと今でもH先生は僕のことを忘れてはいないと思う。
不調が続いて何かとストレスもかかるが、僕であれば間違いなく大丈夫だろう。H先生のお墨付きだからね。
…と、まさかの夜中に元気をもらえた。
ここまで泣き崩れたのはいつ以来かな…。特にここ1年半くらいは、泣く余裕もなくいろんなものを全て自分の心の奥底に押し込んで、押し込んで、閉じ込めて耐えるしかなかったので、そんな思いが一気に解き放たれた感じ。胃は相変わらず痛いけど、気持ち的にはちょっとラクになったかも。
以上、ィヨロシク!!
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調子が良くないのは相変わらず。
あまり夜中に目覚めることのない僕だが、2時過ぎ頃、胃痛と吐き気で目覚めてしまった。
ちょっと思うことがあるので、こんな時間だが日記に残しておく。
――ふと思い出したのが、4年くらい前に大学で授業を教えてくれた先生(以下、H先生と呼ぶ)のこと。
それも、一般教養だったんだけど、H先生は他のどの学生よりもこの上なく僕のことを評価してくれていたんだよね。
授業は全15回あり、それが全て終わった後、H先生にお礼のメールを送ったのだ。
そうしたら返事が来た。
3000文字もの文章でね。
そのメールを大切に保存してあったので、再度読み返してみた。
涙が出た。
めっちゃ泣いた。
どうしてここまで僕のことわかってくれるの?って思うくらいにね。(言い方変かな)
ここまで自分のことを理解してくれる人が世の中にはいるんだ、と…。
むしろ、どうしてここまで僕のことを理解してくれようとするの?とまで思うくらい。(嫌な言い方だったらゴメン)
最初に読んだ時も、とても良い先生だと判ったし感動したけど、僕も未熟だったし、今ほどの感情は湧かなかった。
しかし、以後かなりいろいろ大変なことが重なり、どうにか4年間を乗り越えた今読んでみて、もう涙を流しまくったくらいでは足りないくらいの感動というか、「人の本当の優しさに触れた」という確信が持てた。
僕は僕で、学生時代は一般教養ごときであっても授業を受ける(勉強をする)のがとても楽しくて、いつもいちばん前の座席に座って聴いていたのだ。
中高生の頃はいろいろあったんだよ。
だから人並みに授業に参加したり、勉強する経験も少なかったから、大学に来てようやく人並みにいろいろな勉強ができる、知らないことを知れる…。その喜びを心から実感できたのだ。
他のほとんどの学生が持ち合わせない僕の前向きさを評価してくれる先生は何人もいて、そういう先生に出会えただけでも奇跡なのに、H先生はたかだか90分×15回の授業でここまで僕のことを見てくれていたのか…と。
もう本当に何というのか、大学の一般教養ごとき(さっきから言い方悪いね)で、心から「恩師」と呼びたくなるH先生のような先生に出会えるとは思わなかった。
もちろん、H先生の授業を受けていた当時もそれは実感していた。
でも……2016年から2019年にかけて、かなり大変なこと、つらいこと、苦しいこと、誰かが憎いこと……とにかくいろんなことが重なった。
何か言っても変わらないし、黙って前を見据えて歩いて歩いて時には走って、でも時には立ち止まったりちょっと後退りしたり……を繰り返した。
高校の頃に聴いた音楽に、こんな歌詞がある。
I was nurtured I was sheltered
I was curious and young
I was searching for that something
Trying to find it on the run
Oh and just when I stopped looking
I saw just how far I'd come
In this life
In this life
(♪In This Life / Delta Goodrem)
高校に入るまでの人生さえも壮絶で、当時もこの歌詞が響いたけど、歳を取るごとにますます心に響くようになった。
僕も何もわからない中で、必死に探し回って大切な何かを手に入れようとしていた。
いつまでも手に入らないんじゃないか…なんて思って何度泣き崩れたか。荒れたか。わからない。
だけどふっと立ち止まって見て、気付いてみたら自分がどこまで進めていたかに気付く。
ちゃんと前進していたんだ、とね。
これが、頑張ることの楽しさ・大切さであり、「生き甲斐」だと思うんだよね。
メールをくれたH先生も同じことを言っていたし、(takumi)さんは本当によくそれをわかっている、ということも言ってくれた。
なんか、4年も経って判るのは愚かかもしれないが、本当に良い先生に出会えたな、僕……。
人にすぐ猜疑心を抱く僕だが、H先生に関しては別。
「ここまで僕のことを理解してくれて、寄り添ってくれる人がこの世にいるのか…」と。
僕はH先生のことを忘れることは死ぬまで決してないと思う。
忘れられるわけがないんだよ、ここまでの恩師だもの。
もうホント……頑張るって楽しいし、生きることって悪いことばかりじゃないね。
心から、本当に心からそれを実感した。
そして言葉には出さずとも、そんな自分の勇気を密かに見守り応援してくれている人も、僕の知らないところにいるのかも。
実は、その後も折に触れてH先生には何度かメールを送ったものの、返事はなかった。
全15回の授業が終わり、何ヶ月が経った際に学内にいた僕に気付き、先生の方から声をかけてきてくれたのだが、忙しくてなかなか返事できなかったみたい…。
いろいろ事情があったのだろう。
とはいえ1回きりでも、3000字に渡る愛のこもったメールを僕に送ってきてくれたくらいだから、きっと今でもH先生は僕のことを忘れてはいないと思う。
不調が続いて何かとストレスもかかるが、僕であれば間違いなく大丈夫だろう。
H先生のお墨付きだからね。
…と、まさかの夜中に元気をもらえた。
ここまで泣き崩れたのはいつ以来かな…。
特にここ1年半くらいは、泣く余裕もなくいろんなものを全て自分の心の奥底に押し込んで、押し込んで、閉じ込めて耐えるしかなかったので、そんな思いが一気に解き放たれた感じ。
胃は相変わらず痛いけど、気持ち的にはちょっとラクになったかも。
以上、ィヨロシク!!
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