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NEW2020年12月28日でブログ10周年を迎えました♪ これからも『takumiのパラダイス!』をィヨロシク!!

誰の心にもウラ・オモテ…社会で生きる自分の在り方
2018/04/29 02:56
眠れないので、書きたいことを1つだけ…。


今関わっている人が、前にこういう言葉を吐いたことがある。

「私の心の中には、いくつも扉がある。1つ扉があり、それを開けばまた扉、また開いてもさらに扉…。その扉をどこまで開くか、人によってその許容範囲を変えている。奥に行くほど自分の醜い闇がある――。

人の考えていることも、その他の物事にも、裏と表があるんだよね。
それを誰にでも、ありのまま出すことを誰もがしていたら、社会の秩序がむちゃくちゃになってしまう…。

だから皆、社会で生きていくのに、本音と建前(という名の“嘘”)を上手に使い分ける…と、僕は思っている。

しかし、心の中に抱えているもので、もしそれを誰かに打ち明けたら…打ち明けなくても、もし何らかの理由で誰かに気付かれてしまったら…その人を大きく傷付けたり、自分の沽券に関わるような事態になったりしたら…と思うと恐ろしい。

もちろん僕にも、そういう“闇”はある。
それは誰しも持っているものだと思う。


何も考えず、言わなきゃ良いんだ、と思える人なら、そういう闇があっても楽に生きられるんだろうけど、僕のように、その闇があるせいで自責の念に駆られることが多い人だったらどうだろうか?

つらいよ~?
誰かに打ち明けてアドバイスをもらいたい。
でも、打ち明けたら嫌われるかもしれない…。
受け止めてくれる人は誰だろう?
そもそもそんな人はいるのだろうか?
なら自分の内なるものとして留めておくしかないのか……。

しかしそうすれば、ますます自責の念に駆られ、負のスパイラルに陥っていく…。
そうなったことで、自分を傷付けたり、身を投げたりした人は、気付かなかった人が多いだけで社会には数え切れないほどいる(いた)と思う。


“自分”との向き合い方。
そして“社会”で生きていくのに、“自分”はどうあるべきか?
僕は、そんなことを毎日のように考えながら生きている。


だけど、少なくとも自分だけは、自分の全てを好きになってやりたいね。
人に言われて理解されないことでも、言い換えればそれは、他者にはないもの…。
だから、それも個性として、自分だけは受け入れて、許してやりたい。

今は多様性だの、(格好付けてカタカナ語で)ダイバーシティだの言われているけど、そんな人達の言うこともどこまで本当やら…。
そういう人に限って、とんでもない差別主義だったりする。
だけどそれもまた、人間の裏と表(本音と建前)なんだよね。



――明日はプリキュア見ないかも。
録画しているので、後日見て、鑑賞日記書きます…。


以上、ィヨロシク!!

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