トップへ

NEWブログ内での自作フォントの価格表示を今までの税抜から「税込」表示に変更いたしました。BOOTHでの価格表示(以前からずっと税込表示)と同等になっただけですので、ご購入時の価格には一切変更ありません。今後ともよろしくお願いいたします。

卒然として湧き上がる感情…発達障害ならでは 永遠の苦しみ
2017/10/29 03:17
大したきっかけもなく湧いた怒りで眠れない。


僕ら発達障害が一生抱えていくことになるだろう、自分の湧き上がる感情を抑えていかなきゃいけない、ということ。
それは障害者・健常者、関係なく、人間であれば誰でもそうなのでは?と思う人もいるだろう。

しかし、発達障害…特に僕のような自責型は、突然怒りが湧いた時に、度々しんどい思いをするのだ。
それは、健常者が余程のことがない限り経験することがないくらい強い怒りが、度々襲ってくる。
僕の場合、自責型で、かつ正義感が強く、完璧主義であるが故に、そういった怒りに苦しめられやすい。

それは薬を飲んだくらいでは、ほとんど収まらない。
もう自分の理性を壊れるくらいまで発揮して、抑え込むしかないのだ。


――じゃあどういう所でしんどい思いをするのか?気になる所だよね。

それは大抵、自分の中での苦しみであることが多い。
正義感の強さがあるが故に、ルールやマナーを守らず生きる人を見て腹が立つこともあるが、それは結局人には向けられないから、全て自分に向けてしまう。
「自分に向けてしまう」…これはイコール、自害へと繋がるのだ。

自傷行為というのは、唯一、確実に正当化される暴力なんだよね。
優しい人は、それを止めてくれたりするけど、当の本人にとっては、それを向ける場所がなく、でも、自分自身の怒りも抑えられず、どこにも向けられず、苦しんでいる。

だから、自害する人が望むことは、その行為をしていることを、“完全無視”して欲しい…それなんだよね。
もちろん、刃物を使ったり、そうでなくても大きな怪我をしたりするほどであれば止めなければいけないこともあるかもしれないが、頭や体を叩く、自分の手や腕などを噛む行為であれば、放っておいてくれても大丈夫だ。
それによって命を落としたりする可能性がある人は、自傷行為というよりも、希死念慮や自殺願望がある、また違う人だから。


ほんの些細なことから、だしぬけにやってくる怒り…。

…ならまだ良いのだ。
だって、些細な事でも理由があって、「私は~(理由)だからしんどい。だから腹が立った」と説明できるから。

だけども僕ら発達障害って、本当に原因のない怒りを抱えることもしばしばあるのだ(もちろん人にもよるだろうけどね)。

何回聞かれただろう。「何をきっかけにスイッチが入ったの?」って。

だが、そんなもの答えられるわけがない。
なぜなら、自分でもわからないから。

だけど周りからしたら、いきなり怒られても困るわけだ。
じゃあ困らせないようにどうすれば良いかって言ったら、自制するしかないわけだよね。

計り知れない怒りをどうやって自制すれば良いか?
今の僕には、自分にその怒りを全てぶつけることしか思い付かない。
叫んだり、物を投げたりできたら良いけど、それもなかなか許されないからね。


とはいえ、今の僕の考えはそういうふうになっているが、昔は、いわゆる境界性人格障害みたいに、「僕はこんなにつらいんだぞ~!!」という“見せしめ”で、自害していた時期もあった。
我ながら、これはまた違うと思う。
たとえ自害であっても、人に迷惑をかける行為であると思う。

しかし、たぶん大抵の人は、自分の中での苦しみがあり、それを解決できずに困っている。
「誰にも迷惑をかけたくない」という一心で、自分を犠牲にしているのだ。


この計り知れない怒りは、先述したが、たぶん、健常者はなかなか経験しないものだと思う。

僕の場合、衝動性があり、統合失調症っぽい所があるから(統合失調症ではないけど、近い所があると医者に言われた)、幻覚や幻聴に悩まされることもある。
目の前に人がいて、その人が何か気に入らないことをしたから怒りをぶつけたくなった、ならまだしも、自分の中で出てきた偶像に対する怒りというのは、当然、誰にも理解されない。


それに、自傷行為というのは、自分を傷付け、痛みを感じることで、「あ!自分は生きているんだ!だから痛みを感じるんだ!!」と実感できるから、やってしまう所がある。
それが快楽になっていくのだ。
怒りがどうとか関係なく、その快楽に耽って、現実逃避できるから、やめられない所がある。

そりゃあ、健常な人からしたら、自害している人を見て放っておけない、あるいは、鬱陶しいと思うことがあるかもしれないけど、僕らが求めることは、完全無視して欲しいということ――。
それを止められると、ただでさえ自分しかぶつける場所がないのに、ますます苦しい思いをすることになる。
だけども怒りは湧き上がり続けるし、それを抑え込んでしまえば、それこそ“他害”に繋がりかねない。


前にも上げたけど…↓
DSC_3844.jpg
ゲーム(3DS版ドラクエ11より)からの受け売りで申し訳ないが、本当にそうなんだよね。

自分で言うのはアレだけど…僕、基本的にめちゃくちゃ強いよ?
誰かから何か言われても、腹が立つことはあっても、へこたれたり、傷付いたりすることは少ない。

じゃあ何がつらいかって、自分の心の中での葛藤だ。
「自分はこれで良いのか」「もっと清く、正しく生きなければならないのではないか」など、そんな考えを常に巡らせている。


言い方は悪いけど、能力もない癖に世渡り上手なだけで世間を生きている人には、一生理解できないだろう。

だけど……能力があっても、世渡りが下手な人間は、自己嫌悪に陥り、自己評価も低いが故に、自分の中で生まれるものに永遠に苦しみ続けるのだ。


だから…楽だと思うよ、他責型の発達障害は。

ウチの祖父(母方)がそうだもん。
もう何でも人のせいにして生きている。
人に感謝・謝罪の気持ちを示したことなど、はっきり言ってない。

彼も被害妄想的な所があり、すぐ自分が何かして怒られると、「ワシばっか悪者じゃあ~!!」とキレる。
その怒りが冷めても、「謝る」などという概念は、彼にはない。
それに加えて、老害ならではの気難しさもあるからね…。

その上に、祖父の父親(死んだ)も、非常に無責任な人だったからね。
少時より、散々甘やかせて育てた挙句、死に際に、「(祖父の)育て方を間違えた」と言ったのだ。
祖父の父親は死ぬから良いが、それを言われて、残された人達はどうすれば良いのか?
ひたすら気難しくなった祖父を、どう扱えば良いのか?

そんな経緯があるから、前に祖父がヤバイ状況になっていることを述べたけど、「さっさと死ねば良いのに」と思っている。
これは、僕に限らず、ウチの親族のほとんどが思っていることだ。
それくらい、自分勝手に、自己本位に生きてきた人なのだ。

つらい病気に罹患したり、死にかけになったからって、共感してもらえるとは限らないよ?
どんな生き方をしていても、死ねば(もしくはそれに近い状態になれば)誰かが寄り添ってくれるというのは、あまりにも傲慢な考え方だと思う。

じゃあ、どうすれば死に際に、共感してくれたり、寄り添ったりしてくれる人が現れるかと言ったら、やっぱり、「人の気持ちに寄り添う」「自分だけでなく、人の気持ちを斟酌する」ということを、日頃からやっている人だと思う。
早い話が、まっとうに生きている人…だよね。


ASD(+ADD・LD傾向あり)で生まれた、takumiしくじり先生の言葉でした(笑)。


以上、ィヨロシク。

コメント

  • 名前と本文は必ず入力してください。
  • 法人・組織・サークル等の代表者、その他屋号をお持ちの方は、それを「名前」欄に併記してください。
  • 「送信」クリック後の確認画面でパスワードの入力欄がありますが、いたずら防止のため、後からコメント内容の修正・削除はできないようにしております。内容をよく確認した上で投稿してください。
  • コメントはtakumiが承認した後に反映(公開)されます。反映したコメントには、基本的には同じ記事のコメント欄にてtakumiが返信します。内容により、返信にお時間を頂く場合や、返信できない場合もあります。予めご了承ください。
  • コメントを非公開(takumiだけが見られる状態)にしたい場合は、「非公開コメント」のチェックをお忘れなく。また、非公開コメントで返信が必要な場合は、必ずメールアドレスを入力してください。そのメールアドレス宛にtakumiが返信します。

※非公開コメントで返信希望の場合は必ず入力してください。

非公開コメント